――9月6日

 ジリリリリリリ……という目覚ましの音で目が覚める。シンクロ率50%、という塩梅のまま体をぐるりと横に回転させると、そこにはすやすやと眠る奈緒美の姿が。
「……うーん……」
 まぁ、まだ時間は一杯ある。もう少し……、このままでいよう。

3 「Meets a girl on recollection」

「もー、目覚まし止めたんだったら、そのときに起こしてくれればいいのに」
 などと怒っているのはもちろん奈緒美。
「いやー、なんていうか、さ。寝顔見てたら起こすのが勿体無くなっちゃった」
「……もう」
 現在の時刻は午前8時。ちなみに目覚ましが鳴ったのは午前7時。都合1時間も奈緒美の眠る姿を見ていた、というわけだ。自分でもよく飽きなかったな、と少し呆れるくらいだ。
「まぁ、まだ時間には余裕があるから」
「せっかく朝ごはん作ろうと思ったのにー。今からだと、多分バスの時間とか間に合わないよね」
「あー、それじゃ紅茶だけ淹れてもらおうかな。それだったら時間もそんなにかからないし」
「うーん、それじゃぁ、お湯を沸かしておいてくれる? とりあえず、シャワーだけでも浴びちゃいたいの」
「いいよ」
 すたすた、と風呂場へ向かう奈緒美を見つつ、薬缶にたっぷりと水を入れ、火に掛ける。沸くまでは10分前後、といった所。後はカップを用意してしまうととりあえずやることも無いので、手持ち無沙汰に朝刊を眺めていると、玄関のチャイムが。
「はいはーい、お、相原か。どうした?」
「櫻井くんおはよー。奈緒美来てない?」
「え?」
 玄関のドアを開けると、そこにいたのはなんと相原。奈緒美来てない、って、何故うちに? いや、確かに奈緒美はうちにいるんだけども。
「今日のサッカー部の試合、一緒に見に行こう、って言ってたんだけどね。早めに家を出ちゃったから、奈緒美の家に迎えに行ったら、櫻井くんの家に行ってる、って言うから。もしかしたら一緒に行くつもりで行ったのかなー、って」
「あ、ああ、あー来てるけど、ちょっと手が離せないかな今は」
「へー、それじゃぁ……」
「直樹、どうしたのー?」
 後ろから廊下をぺたぺたと歩いてきたのは……奈緒美、しかも髪をバスタオルで拭きながら!
「あ、里見、おはよー」
「おはよー、って、何でバスタオル?」
「シャワー浴びたからに決まってるでしょ?」
「……あ、もしかしてお邪魔だった?」
「いや、いやいやそういうことじゃないから!」
 またしてもバッドタイミング。

「泊まってたんだったら、電話したときにそう言ってくれればよかったのに~。わざわざ奈緒美の家まで行っちゃったよ」
「あれ、昨日の電話で言わなかったっけ?」
「聞いてないよー。……もしかして昨日の夜は」
「そういうことは無かったから、これほんと、ね?!」
 どうせだから里見も一緒に飲んで行く? という事で、俺と奈緒美と相原、という何とも珍しい組み合わせでテーブルを囲む事になった。
「えー、そうなの? 直樹とまたいっしょのクラスなんだよ~、ってあれだけ奈緒美嬉しそうだったじゃん、もったいないなー」
「なっ、そのことは言わないって約束でしょっ!」
「いいじゃん、ほんとの事なんだし?」
 ほー、そういう感じだったのか。
「何よ直樹?」
「いや何でもないけどさ、へー奈緒美がねぇ……と」
「そりゃ……、そうよ嬉しかったわよ、もんのすごくね! 何か文句ある?」
「ううん全然。俺だってすごく嬉しかったし」
「そっ、それなら、いいんだけど」
「あのーお二人さん? 私のこと忘れてませんか?」
 すみません、あやうく完全に忘れるところでした。
「とりあえず、そんなに時間無いんだから、早く行くよ!」
「はいはい、里美も張り切っちゃって」
「いいから急ぐ!」

「そういえば、なんでサッカー部の試合を観に?」
 とりあえずぱっぱ、と片付けて、俺たちは家を出た。市立競技場まではバスで30分ちょっと、バス停へと向かう道を歩きながら、俺はふと気になって相原に尋ねてみた。
「あれ、直樹は知らないんだっけ?」
「な、奈緒美っ!」
「いいじゃない、今更隠す程の事でもないんだし、『ほんとの事』なんだしね? 里見ね、4組の柿沼、えーと翔太君、で良かったっけ?」
「まぁ、合ってる、けどね」
「里美はね、その柿沼君と付き合ってるのよ。確か6月ごろからだったかな」
「何、柿沼と!?」
「お、直樹とは知り合い?」
「あ、まぁ、な」
 4組の柿沼翔太とは入学した時からの――まぁ、ちょっとした因縁があったんだが――友達だ。あちらはサッカー部1年のホープ、こっちは勉強メインの(まぁ、運動もできない事はないけど)帰宅部、とタイプは違うが不思議とウマは合うので、まぁ適度に友達づきあいをしている間柄だった。
「なーんだ、柿沼のやつ、告白とか一杯されちゃって大変だよー迷っちゃうよぉーみたいな事言って、きちんと彼女いたんだなぁ」
「……迷う?」
 あ、まずったか。
「あ、あぁ、まーカモフラージュだと思うけどな、ほら、そうでもしないとあいつもてるからさ、ほら相原も色々大変だろう、って思ってのことだと思うよ、うん、うん。そうかしかし柿沼と相原かー」
 まあ、あんなことを言いながらも、柿沼は根っこのところでは真面目な奴だから、少なくとも付き合うには問題は無いはずだ。相原の方も、まぁ奈緒美の折り紙つきなのだから問題は無いだろう。
「てことは、今日は愛しの彼氏の試合を観戦するために早起きしてやってきた、と。それじゃ……、俺と奈緒美は居ない方がよかったんじゃないのか?」
「んー、なんていうか、1人で見に行くのって、なんかねー。せっかく奈緒美が戻ってきたんだし、櫻井くんがいれば翔くんの所に行っても怪しまれないかな、って。うーん、も少し早めに説明しといた方がよかった?」
「いやー、まぁ、いいんじゃね?」
 つまるところ、俺たちを隠れ蓑に堂々と正面突破、というつもりだったわけね。まぁたまには、そういうのも悪くないか。柿沼の面白い姿も見られそうだし。
「お、あのバスは……、よかった、ちょうど競技場行きのが来たみたいだ」
 ちょうどバス停にたどり着いたタイミングでバスが到着。俺たち3人はそろってバスに乗り込んだ。

 バスに揺られること40分、途中渋滞にすこし捕まったものの、無事相模野市立競技場の前に到着した俺たちの前に現れたのは、
「で、なんで先生がここにいるんですか?」
「いや、何でって、手伝いだよ手伝い」
 観客と思しき高校生やらその親やら(無論俺たちもその中の1人)を誘導する山田先生だった。
「ほら、サッカー部の上島先生に頼まれちゃってな。市立競技場が借りられたのはいいんですけど、手が足りないし生徒にやらせるわけにも行かないからお願いできませんかー、ってな」
「はぁ……」
 こう言っちゃあれだが、そういう行事の手伝いとかからはひらりと逃げている印象があったので、やたら慣れた感じで来場者の誘導をする山田先生には、少し拍子抜けしたのだ。
「そういえば、何で今回はこんな所で?」
「本当は何か別のイベントがあったらしいんだが、急に中止になったらしくてな。それでうちに誘いが来たらしい。そうでもなきゃ、1年のしかも練習試合をこんなところで出来ないだろ?」
 なるほど、確かに。
「というわけで、とりあえずメインスタンド側に入ってくれ。席はまぁ、どこでもいいから」
「了解です。先生はどうするんです?」
「あー、始まる直前くらいには行くよ」
 彼女とごゆっくり~、などと手を振る山田先生を置いて(ちなみに相原は勝手知ったる、という感じで先に行ってしまった)、俺と奈緒美はスタンドの中へと入っていった。
「おー、さすがに広いなぁ」
 メインスタンドに出てみると、すでにピッチでは両校のチームが練習を始めていた。市立の割にはずいぶんと広いグラウンドと、同じように広いスタンドは、確かに高校生の練習試合に使うには中々に豪華な設備だ。
「直樹って、いままでここに来た事あるの?」
「いや、今日が初めてだな。柿沼の練習試合は何度か見た事があるけど、毎回どっちかの高校のグラウンドだからな」
「そっか、まぁ、そうだよね」
 そんなことを話しながら、とりあえずはピッチ全体が見渡せる、メインスタンドの真ん中やや上のほうに席を取った。このあたりならまだそんなに埋まっていないし、相原が来ても座れるだろう、と考えていると
「もう練習始まってて会いにいけなかったよ、試合終わってから、ってみんな打ち上げに行っちゃうから、会いづらいんだけどなぁ……」
 下の方から相原が登場。どうやら控え室のほうまで行っていたらしい。
「まぁ、仕方ないんじゃない? とりあえずはベストポジションで、愛しの翔くんの活躍をじっくり観戦、ということで」
「なっ、奈緒美!」
「あーまぁまぁ、あれだったら俺が試合終わった後に控え室に行ってもいいし。そのときに一緒に来れば、まぁ会えるだろうしな」
 面白いものも見られそうだしな、などと思いながらふとピッチの上を見ると、練習を終えていったん引き上げるらしいうちの学校の連中の中、ちょうど柿沼と目が合った。
「お、柿沼ぁー!」
 とりあえず声を出して手を振ってみる。すぐこちらに気づいたらしい柿沼が同じように手を振ろうとして……、横にいる相原に気づいたようだ。
「(え、え、なんで一緒にいるんだよ!)」
「(いやーこういうことだったとはねぇ、おめでとうございます)」
 という感じで目で会話。平静を装ってはいたが、それでも結構驚いたようだった。いやー、面白いものが見れた、のはいいんだけど……、試合に影響しないかな?

 試合開始まではまだ十数分。微妙にまだまだ暑いし喉も渇くし、ということで
「あ、そうだ、俺ちょっと飲み物買って行くわ。奈緒美は?」
「それじゃぁ、アイスコーヒーお願いできる? 里見は?」
「あ、私は入り口でジュース買っちゃったから大丈夫」
「それじゃ、ちょっと行って何か買ってくるわ」
 確か入り口付近に紙コップの自販機があったような、とスタンドを降りて入り口の方へ。スタンドへの通路を抜けて自販機コーナーへたどり着き、コインを投入していると、
「あ、直樹くん、久しぶり」
 と後ろから妙に聞き覚えのある声が。誰だろう、と後ろを振り返ると、
「……高木……!」
「覚えてて、くれたんだ」
 そりゃ、覚えていないわけが無い。俺に声をかけたのは、高木唯――中学3年の春、短い間だったが付き合っていた――、その人だった。