そもそもの始まりは、高校に入ってしばらくした頃、確か5月のゴールデンウィークが明けた頃だ。
 志望校だった某公立高校に落ちて、滑り止めに受けてた私立高校に不承不承通い始めたものの、中学の頃の友達と上手い具合に同じクラスになり、おまけに女の子のレベルは高いし、こりゃー残り物に福ってのは意外と事実かもなぁなどと思って暫く経った、そろそろプールも始まるんじゃねとかいう時期だった。

「あぢーーーーー」
 などと体を後ろに伸ばし、俺の机の上に寝っころがっているのは、前の席に座っている石田淳一。俺たちの所の隣の中学出身。昔「不倫は文化だ」なんて言ったらしいあの芸能人と同じような名前だが、中身もまた同じような感じで、やれ中学の頃から女子をとっかえひっかえだの、高校に入ったら入ったで最近は20代後半の「おねーさま」がいるだの、という、どう考えても普通なら俺と接点のないような奴だ。
「はいはい分かりました、ほれ、こーしてやるから」
「さんきゅ、う゛ー、扇いでもらってわりぃけど扇いでもらってもあぢー」
 そんな奴となぜ俺がこう親しげに話をしているのか? というと、まぁ単純に同じクラスで席が隣だったから、というのもあるし、そりが合わないこともないから、というのもあるし、あわゆくばおこぼれに預かろう、なんていう考えがあったのも事実。
「っつかさぁ、なんで教室にクーラーないわけ?」
「しらねーよ。実験棟行けば?」
「今日の午後の授業なんだっけーあーあぢー、化学とかあったっけー?」
「無いんじゃないかね、ってか調べとけよ当日の授業くらい。えーっと今日は国語に英語に体育か、残念でした、全部ここと体育館だな」
「体育な゛ー、早く水泳はじまんねーかなぁあづいー」
「まー今年は妙に暑いからな、ほれほれー」
「がーぜーがーって、水泳になりゃ涼めるわ水着は拝めるわ言う事無しなのになー」
「野郎の?」
「バカじゃね? 女に決まってんじゃん、あー水泳はじまんねーかなーあーづーいー」
 今の時期の水泳は、気温の割りに水温が低いせいで、入ったはいいが中は寒いし出ても寒いし、で避暑というより修行か何かになるに決まっている。石田もその辺は分かっているはずで、まぁ要するに本命は女子の水着姿なのだろう。
「水着なー、誰がいいかねぇ……」
「1組の塚本とかよくねー? あの胸はいいぜ絶対。あ゛ー」
「見たんかいお前は」
「ふっ、制服の上からでも分かるだろ? あれはDはあんね、間違いない。しかも綺麗な釣鐘型だ」
 などと妙に自信ありげに言う石田。まぁこいつの事なので、案外実は"実際に見た"ことがあるのかもしれない。
「まぁ塚本なぁ、確かにでかそうだよな」
「だろ?」
「でも顔がなぁ、まぁ悪くないんだけど、ちょっと違うかな」
「えー、好きじゃない感じ? あーもうちょい扇いで扇いで」
「はいはい、ほれほれー」
「あ゛ーかぜがー、なに、もうちょっとロリっぽいのが好きとか? うひゃーじまゆ~ってば犯罪じゃんそれ」
「いや、そういうわけじゃねーけどさぁ」
 じまゆー、というのはその頃の俺のあだ名だ。飯島裕樹の島と裕を取ってじまゆー。なぜ裕樹じゃないのかといえば。
「あー、こいつ年下好みだからな、最低3つは離れてないと駄目とかじゃなかったかお前?」
「何それ、俺そんな事いったことねーぞ島本ぉ」
「お、もとゆ~ジュースジュースジュース早くー」
 もとゆーと呼ばれたこいつ、島本裕樹が同じクラスになったからだ。

 島本裕樹と俺は同じ中学出身、と言っても同じクラスになった事は無く、まぁたまに顔をあわせると挨拶する程度の仲だった。奇しくもこいつも俺と同じ公立高校を受けて同じく不合格、滑り止めで同じ高校に入り、そしてクラスも同じということで、まぁ戦友と言うか身内意識と言うか、そういうものが芽生えて友達になり今に至る、と言う感じなのだが、こいつも下の名前が「裕樹」なので、4月の頭に誰かが
「同じ裕樹だと呼びにくいからさ、飯島がじまゆ~、島本がもとゆ~でよくね?」
 とか言ったせいでこのあだ名が定着してしまった、と言うわけだ。いや思い出した、発案者はまさにこの石田だ。定着しないうちに積極的に(授業中すらも!)使って、俺たちのあだ名を定着させたのもこいつだ。

「だってお前、前に小6の女の子と付き合ってたとか噂あったじゃん? 確か中2の頃?」
「はぁ?」
「うひょー、じまゆ~それ犯罪ー」
「ちげーよ。島本も変な噂広めない」
 あらかじめ断っておくが、付き合ってたとかいう噂は根も葉もない、いやまぁ種くらいはあるけどその種がすくすく育ったりはしない。実際のところ、その小6の女の子は、夏休みにうちに遊びに来ていたいとこの女の子で、こっちに遊びに来ている間俺がお守りをしていた、というだけの話なのだ。それがいつの間にか「小学生の女の子といちゃいちゃいてた」だの「実はもうすでにやっちゃった」だの変な尾ひれが付いて、随分と迷惑したのを今でも覚えている。
「ったく、何話してんだか」
「お、でたな仮面の女」
「はいはい、国語の石原もうすぐ来るよ、さっき階段で見たし」
「うぉやっべ、教科書とってこよ」
「ったく石田は相変わらずなんていうか……」
 とまぁそんな感じで、まったく何やってんだか、などと言いつつ俺の隣に座ったのが、「仮面の女」、つまるところ同じクラスだった笹田瞳その人だ。  笹田瞳は石田よりさらに都心よりに離れた中学の出身で、石田曰くの通り、常にクール(ただし、男子相手のみ)、普通の女子なら「やだー」とか言って赤くなるか怒るかといったその手のネタでもふつーにスルーで交わしてしまうという、強い女というかスルー力が高いというか、まぁそんな女子だった。もっとも女子の間だと結構普通に話をしているようで、昼飯時などは女子同士固まって弁当を食べながら、色々と話が盛り上がっているのを、時々見ることもあった。

 で、まぁ、この頃の俺は、その笹田瞳を好きだったわけで。